ホメオパシーと亜鉛

はてなダイアリー1日目からアレなタイトルですが…
数ヶ月前に風邪を引いたときに、知り合いがzinc gluconateが風邪を引いている期間を短縮させる効果がある、と薦めたので、CVS(どこにでもある薬局)に行って「Cold Eeze(http://www.coldeeze.com/)」を1箱購入した。「査読付論文誌で証明された」とか書いてあってなんかうざいなー。とか思いながらも、亜鉛だからそんなに体に毒ということもあるまい、と思い、しばらく(1週間くらい)この飴玉をなめていた。
風邪はそのうち治ったのだけれど、そんなに効いた気もせず、また、なめてからしばらくの間、まったく味覚がおかしくなってしまうので(何を食っても金属の味しかしない)、使う気がしなくなってしまった。
数ヶ月して箱を眺めていると、「有効成分:Zinc gluconate 効用:ホメオパシーのレメディ」と書いてあって、大いにずっこけたのであった…。アメリカではやっぱりホメオパシーは大人気なのだなあ、と思いました。日本では「風邪には亜鉛」というのは一般的ではなく(ネットで検索するとアレな健康食品販売サイトが多数ヒットする)、科学的に信頼できそうな人物からの助言だったので何も疑問に思わなかったのである。
さて、ホメオパシーというと歴史の長いトンデモとして有名なわけであるが、この亜鉛製剤には数点不思議なことがあるのだ。
1.査読付論文で証明された、との件
2.これは正当な「ホメオパシーのレメディ」といえるのか?

1.ホメオパシーの論文といったらベンベニストの(反証された)Natureの論文が有名だけれど、他にもあったのか?
Cold Eezeのサイトにはいくつかの論文の要旨が載っている。
どのようにして働くか?のページによると、「(風邪の原因の)ライノウイルスは負に、亜鉛イオンは正に荷電しているため、亜鉛イオンがウイルスに吸着して不活性化する」とのこと。このメカニズムは
Novick SG, Godfrey JC, Godfrey NJ, Wilder HR. How does zinc modify the common cold? Clinical observations and implications regarding mechanisms of action.Medical Hypotheses. 1996;46:295-302.
に記載されているという。
Medical Hypotheses誌って…。
短髪の人は禿げやすい
http://med-legend.com/mt/archives/2005/05/post_543.html
とか、
かかとのついた靴を履くと分裂病になる
http://med-legend.com/mt/archives/2005/04/index.html#000634
とかいった論文を掲載した雑誌ですな…。大手学術出版社のElsevierから発行されているが、
http://www.elsevier.com/wps/find/journaldescription.cws_home/623059/description#description
に書いてあるように、peer reviewをしないのが売りの雑誌である。つまりこのイオン化亜鉛によるウイルス不活性化メカニズムは通常の査読によって検証されたものではない。
もっとも亜鉛による風邪の重症化予防について査読ありの論文が複数あるのは事実である。PubMedで"Zinc Gluconate cold"と入れて検索したところ、55件の論文(そのうち総説6本)がヒットした。このうち少なくとも6件はCold EEZE鼻スプレーによる嗅覚消失(後述)に関する論文である。数点の論文の要旨を読んでみた限りでは、2重盲検法などによって有効性が示されているという。論文の数が少ないこと、それぞれの論文での被験者が数十人というのも(臨床研究としては)少ないような気がするが、私は専門家ではないのでこれ以上の判断はできそうにない。

2.ホメオパシーって「同様の症状をもたらすものを死ぬほど薄めて、その分子の情報を水に記憶させて、その水を砂糖玉にかける」ものではなかったのか?すくなくともこのCold EEZEは味覚がおかしくなるくらいの大量の亜鉛が含まれている(飴玉1個当たり13.3mg)ので、そういう従来のホメオパシーの定義からは外れるような気がするのだが…。もちろん私はホメオパシーの専門家ではないのでこのホメオパシーについての理解は間違えているのかもしれないが、例えばkikulogでは
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1241919950
sakei氏が「ホメオパシーでは必ずしも同一症状を引き起こす物質を薄める必要はない」と主張しているのに対して、お歴々は「それは俺流ホメオパシーであって、正当なものではない」とぶった切られている。
誰か詳しい人、私に教えてください。
さて、この亜鉛製剤はすごく味覚がおかしくなるほど亜鉛が入っているので、さすがに副作用が起こるのではないか、と調べたところ、まずCold EEZEのサイトでは「副作用は味覚障害であるが、すぐ治る」とあった。たしかに私の場合も数時間で治った。しかし、この会社は過去にCold EEZE鼻スプレーという商品を売っていて、これに伴って恒久的な嗅覚喪失を起こした、という健康被害が報告されており、これと関係してかこの会社はこの鼻スプレーの販売をわずか1年で打ち切っている。
http://www.adrugrecall.com/crestor/cold-eeze/index.html

同じサイトによると、ハーブやホメオパシーのレメディは通常の薬とは異なり、FDAの審査のルールが異なる(厳しくない)のだという。その一方で、これらの『薬』たちは通常の大衆薬(FDAによる厳しい審査の対象)と同じ棚に並んでいて、注意しないと(私がそうであったように)違いに気づくことはない。審査が厳しくないということは安全性についての調査も甘い、ということで、このような健康被害が生じる危険性をはらんでいる。なお、鼻スプレーの問題を受けてFDAは調査を行っているようである。
http://www.adrugrecall.com/cold-eeze/effects.html

これらのことから考えて、この亜鉛製剤は通常の意味でのホメオパシーのレメディではないが、FDAの審査を簡単にするためにこのジャンルで発売することにした、ということなのだろうか。

090617追記:FDAが同種商品に警告を出したとの情報。「忘却からの帰還」より(http://transact.seesaa.net/article/121705816.html?reload=2009-06-18T11:43:18)。