これはあんまり

さて、この日記では良かったこと、物を中心に取り上げてきた。つまらんものを取り上げてもそれこそつまらんからなのだが、さすがに目に余るものがあったので取り上げてみる。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20090105/181899/
この人物のメディアでの発言がひどい、というのは数年前から聞いていたが、私が読むものでこの人物の発言が入っているのは日経サイエンスの誌上対談くらいであり、さらにこの対談の場合雑誌の性質上対談相手が科学の専門家であるためか、大して面白くもないかわりに、「吹かし」がひどい、という印象もなかった(吹けなかった?)。つまり私のこの人物に対する印象は、まったく新しくも面白くもないが、まあタレント文化人としてあり、というところであった。

もう一方の問題の極である、低レベル著作物の濫造についても、私はこの人物の代表的著作(97年当たりに出た)1冊を読んだだけだったので、それほど問題は感じなかった。この著作の(およびこの人物の)問題点はクオリア問題をあたかも自分が提唱しているかのように書いているところで、そこは鼻につくものの、この分野は私の専門外なので、啓蒙書として普通に楽しめた。著作を通じた私のこの人物への印象は、サイエンスコミュニケーターとしてまあありなのではないか、というものだった。

しかしどうもこの人物は最近TVや雑誌などに出すぎなようである。研究をする暇などないのは間違いない(この人物の下で大学院生をやっている人のブログを発見したが、ゼミと飲み会以外ではこの人物と会っていないのではないか、と思われた)。さらにTVや雑誌での発言というのも「脳」を枕詞にして場の流れに迎合しているだけのように見える。ただ、私はその問題のTVや雑誌を読んでいないので直接の判断はできなかった。

そこで上のリンクの記事である。日経ビジネスではどうやら年頭に色々な有識者(笑)に経済に関する軽妙なトークをしてもらって、それをまとめて特集記事を作っているようだ。
それにしてもまともな脳科学者で、専門外である経済に関する対談を全世界に向けて発信しようと考える人物が果たして存在するのだろうか?「脳トレ」氏でもこのような真似は恐ろしくてできないのではないか。文中で触れられている神経経済学を専攻している人なら可能なのかもしれないが、私の神経経済学に対する理解はこの人物と大差なく、ほぼ素人なので論評できない。

突っ込みどころは無数にあってそれら総てを取り上げる気力はないので一点。冒頭でバブル経済と脳のバブル(意味不明だが神経細胞の発火を指していると思われる)の類似を取り上げ(何が似ているのか理解不可能だが)、「脳のバブル」が学習に重要な働きを果たしているように、経済のバブルが人類文明の発達に重要な働きを果たしているのだという。

この論法は疑似科学者の発言となんら変わることがない。アナロジーを使えば任意の論説を正当化できるので詐欺師はこれを多用する。いうまでもなくアナロジーはその使用が正当化される理由がなければ本来は使用できない。ここで取り上げている人物も専門的な教育を受けてきたはずであるから、不適切なアナロジーの使用に問題があることなど百も承知なはずである。にもかかわらず無茶なアナロジーを多用するこの人物は詐欺師と何が違うのであろうか(なおこの論法自体詭弁である)?詐欺師でないとしても、この人物の態度は知的誠実さとは程遠いということは読者諸兄は理解していただけるのではないか?

私自身も無駄な長文を書いてしまい、この文章を読んでいただいた少数の人々の貴重な時間を台無しにしてしまったことだろう。その観点から見ると私もこの問題の人物と大差ないかもしれない。

おまけ:この人物の発言から「脳科学の立場から」をとりのぞくと単純な話になってわかりやすいです。ただの枕詞なのですね。